エスカレータと無防備

仕事に行く途中、永田町の駅で乗り換えた。 永田町駅は地中深くにある。 国会議事堂の地下には核シェルターがあるという都市伝説を思い出す。 真偽の程は分からないが、南北線は永田町を通る地下鉄の路線の中でも、一番深くを走っている。 というわけで、僕は今朝も、僕の人生で出会った中で、一番長いエスカレーターに乗っていた。

エスカレーターの頂上を見て昇っていると、赤ん坊を抱えたお母さんが、隣のエスカレーターで降りてきた。 その後ろにはOL風の女性が立っていて、お母さんの肩越しに、赤ん坊の顔を見つめていた。 そしてその女性は、赤ん坊に対して、微妙(?)な微笑を見せた。 舌を出して、眉毛を上げて見せた。

それは、とても微妙な表情だった。 彼女は赤ちゃんのご機嫌が取りたくて、そんな表情を作ったのだろう。 僕もよく同じようなことをする。 でもその表情は、なんと言うか、「ぎりぎり」だった。 いや、ぎりぎりを微かに超えていたかもしれない。

僕はお昼ご飯を食べた後、久々の青空を見ながら寝転んでいたら、その、「ぎりぎりの笑顔」をふと思い出してしまった。

赤ちゃんはすごい。 大人を無防備にさせる何かがある。 これからは気を付けよう。と思った。

playback  いちょう、ひらり。 2000.06.27

マキロンと知らないこと

雨が止んだ夕方、衆議院選の投票をした帰り道。 道端に小さな女の子が座っていた。 自宅の前で遊んでいたら、転んで足を擦りむいたのだろう。 傍らに彼女のお母さんが、「マキロン」を片手に座っていた。

母親は、「しみる?」と訊きながら、マキロンをつけていた。 女の子は、不思議そうな目をして、マキロンがつけられる患部を凝視して、「なんか痛い」と言った。

突然、側に座っていたお兄ちゃんらしき男の子が、「しみる〜!」と叫んで立ち上がって、「見ていられない」と言う感じで、くるりと周った。 もう一度「しみる〜!」と言った。 それを見て女の子も、「しみる〜!」と大声で言った。

僕はその光景を見ながら、横を通りすぎた。

あの女の子は、もしかしたら、「しみる」という言葉の意味を、まだ知らなかったのかもしれない。 彼女の周りには、まだ知らないことがいっぱいあって、それを彼女は一つずつ覚えて行くのだろう。 そういうのって、なんだか綺麗だな。と思った。

playback  いちょう、ひらり。 2000.06.25