バラと時間

ちょっと有名な庭園に、バラの花を見に行った。 午後5時半を過ぎると、辺りは驚くほど真っ暗で、冷たい風が首筋をかすめ、様々な種類のバラは白熱灯に照らされて静かに揺れていた。

僕はバラの花が取りたてて好きなわけではない。

僕が生まれる前に、遠くの国で交配されて生まれた多くのバラが、その品種名と生産者の名が書かれたプレートと共に、行儀良く並んでいた。
花弁に鼻を近づけ、匂いを嗅ぐ老齢の女性グループがいた。 ”beautiful”を連発する外国人夫婦がいた。
僕は、修学旅行でお寺を訪れたときのような気持ちになって、バラの間をそぞろ歩いた。 一巡りして階段を上ったところから後ろを振り返ると、夕闇の中、たくさんのバラがライトに照らされて少し霞んでいるのが見えた。

しばしば多くのものは、遠くから見たほうが、近くで観察したときよりも綺麗に見えたりする。
そして、と僕は思う。 この光景を5年たってふと思い出したら、いま実際僕が見ている光景よりも、綺麗に僕の脳裏に浮かび上がるのだろう。 他の多くの思い出と同じように。

playback  いちょう、ひらり。 2000.11.1

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