シュール

昼休みにみんなで中華料理に入り、味噌ラーメンと大盛りライスを頼んで、なんとなく壁にかけられたメニューを眺めていたら、同僚たちがくすくすと笑っていることに気づいた。

僕はなんとなく自分のことが笑われている気がして、シャツが汚れていないかこっそりと確認し、さりげなく手のひらで顔を拭った。

どうやら同僚たちが見ているのは、僕の後側の席のようだった。
なるべく自然な感じで体をよじり、後ろのテーブルの様子を確認した。

後ろの席には、おじいさんとおばあさんの二人連れが座っていた。
ただ、おばあさんは小さな子供を抱えていたが、よく見るとその子供は人形だった。

おばあさんは人形の口に橋で野菜炒めを運んで、何か呟きながら、なんとか子供に食べさせようとしている。おじいさんは何食わぬ顔で自分のラーメンをすすっていた。

僕は「微笑む」と「くすっと笑う」の中間くらいの笑顔をつくって前を向き直した。

人形は柔らかそうな赤ちゃん用の服を着ていて、遠くから見ると本物の赤ちゃんのようだった。でもぱっちりした黒目は決して閉じることがなく、野菜炒めが顔や服を汚しても、人形はなんの抗議もしめさなかった。
人形に何とか野菜炒めを食べさせようとする、おばあさんの熱心さがシュールだった。

おじいさんも大変だな、と思った。でももしかしたら、それはとても自然なことで、それほど大変じゃないのかもしれない。と思い直した。僕もおじいさんくらい年をとったら、何かわかるのかもしれない。

playback  いちょう、ひらり。 2000.04.02

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“シュール” への 2 件のフィードバック

  1. はじめまして。
    綺麗な文章を書かれますね。

    この日記を読んで、小林秀雄の「人形」という随筆を思い出しました。というのも、ほとんどそっくりな夫婦が出てくるのです。
    検索したら、こちらのブログに全文が載っていました。http://blogs.yahoo.co.jp/maskball2002/54817951.html

    今も昔もこういった夫婦というのはいるものなのかもしれません。
    面白いですね。まぁ、悲しいことでもあるのだけれど。

    1. pipopanさん
      コメントありがとうございます。小林秀雄のエッセーの紹介もありがとうございます。

      リンク先の文章を読みましたが、同じようなシチュエーションでびっくりしました。
      でも「人形」の中でも、周りの人がおばあさんのことをそっと見守っていてくれてよかった。
      やっぱり人生も長くなると、何かひとつだけのことを大事にできれば、後はどうでもいいと思えるのかも知れないですね。
      今も昔も。

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