スライダー

今日も港北ニュータウン。 「スライダー」という名前の、5メートルくらいの梯子で外壁清掃をしていたら、梯子の下から、 「あぶないよ〜」と言われた。 見ると、小学生が二人いて、興味深そうに僕の仕事を見ている。 外壁用の洗剤を取りに梯子から降りると、ベイスターズの野球帽をかぶった少年に、「怖くない?」と話しかけられた。

この仕事をしていると度々訊かれる質問だ。 怖くないよ、高いところは好きだよ、と答えたのだが、その後、「命を懸けて仕事してるの?」と訊かれた。 ううむ。 僕は命を懸けているのだろうか。 そんなつもりはないのだけど、そういうことになるのかなぁ。 と思いながらお茶を濁した答えを返していると、「僕も昇っていい?」と小学生は言った。

少し離れたところで仕事をしている同僚は、面白がってこっちを見ている。 僕がダメだと言っても、少年は「どうして?」と訊いてくる。 もし僕に子供がいたら、気の利いた答えで少年を納得させられるのだろうが、もちろん僕に子供はいないので、「いや、責任とかあってさぁ・・・」と、極めて現実的で面白くない答えしか返せなかった。

少年は僕の答えには納得できなかったらしく、タタタッとスライダーに駆けより、梯子の1段目に片足をかけ、「いいでしょ?」と訊いた。 僕はとっさに、「ダメだよ」と言って、少し厳しい顔をして少年の目を見つめた。 少年はしばらく僕の目を検分するように見つめ、「チェッ」と言って梯子に掛けた足を下ろした。

できれば昇らせてあげたかったけれど、そうもいかない。 僕も小学生だったら、きっとスライダーに昇りたいと思っただろうなと思うと、なんだか自分が悪者のように思えた。

それにしても、スライダーに昇ってはいけない理由を、気の利いた答えで言えなかったことが悔やまれる。 でも、一体何と言えばよかったのだろう。

playback  いちょう、ひらり。 2000.08.17

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