ある朝

毎朝同じ道を歩いて駅へと向かう。 毎朝同じ近道を通る。 僕の近道は病院の駐車場だ。 本当は立ち入り禁止なんだろうけど、早朝はほとんど車が停まっていないので、ここで約5メートル分の近道をする。

今日の朝、ここで犬の散歩をしているおばさんとすれ違った。 といっても主役は、おばさんではない。犬のほうだ。 駐車場の出口に鎖が地上10センチほどを垂れ下がっているのだが、僕は見てしまったのだ。この鎖をまたぐ時の犬の顔を。

彼は3メートルほど前から、やがてまたぐであろう鎖をじっと見て、手前で歩調を合わせて、鎖を見ながら、「してやったり」という表情でまたいでいた。 その生真面目な表情は、なんだか人間の顔みたいだった。 間抜け面と見えなくもなかった。 僕は断然猫派なのだが、犬を飼っている人はこういう表情に愛情を感じるのだろうか。

朝、出掛けにラジオから聞こえた歌が、一日中頭から離れないように、今日はこの犬のアホな表情が頭から離れなかった。

playback  いちょう、ひらり。 2000.03.14

ナルシスト

ボクシングの世界ライト級タイトルマッチを見に、両国の国技館に行ってきました。 ボクシングなんて今までテレビで見るくらいだったけど、タダ券が手に入ったんです。

行きの電車で、挑戦者の坂本博之を見ました。 目の前の席に座っていたんです。 まわりを屈強な男たちに囲まれていたけど、顔を知っていなければ、とても世界タイトル挑戦者には見えないような、普通の人でした。 国技館まで彼らの後ろをついて行ったら、ダフ屋の兄ちゃんが券を売ろうとしていて、おやじに怒られていました。 それくらい、「ただの兄ちゃん」ぷりを発揮していたんです。

前座の試合がたくさんありました。 名もないボクサーがたくさんいました。 「背筋」に惹かれました。 背中が引き締まっているってうらやましい。 僕の背筋は、ややぶよぶよなんです。

最近、精悍になりたいと、こっそり思っています。 ハングリーに生きたいと思っています。 ややMの気があるのでしょうか、自分をいじめてみたくなります。 狼の目を持ちたい。 野生の血が騒ぐぞ。 オレは強くなるんだぁ。

なんて、想像していたとおり、ボクシングを見たら、「にわか心意気だけボクサー気分」になってしまいました。 任侠映画を見たら、なんだか強くなった気がするように。

ナルシズムを大いに刺激された一日でした。

playback  いちょう、ひらり。 2000.03.12