大人の塗り絵が人気らしい。
数少ない小学生の低学年の頃の記憶。
その日は図画工作の授業か、写生大会か何かで、みんなで近くの商店街に行って、それぞれ好きなお店の風景を絵の具で描いていた。
僕は通りから見た八百屋の風景を描くことに決めた。
店の前に並んだ野菜や、お店の看板や、八百屋で働く人を描いていたのだけれど、最後にガラスの自動ドアだけ、絵の具で色が塗れなかった。
ガラスドアを何色で塗ればいいのか分からなかったのだ。
透明の絵の具もなかった。
困り果てて先生に何色で塗ればいいのか聞くと、先生は「見えるままに塗ればいいのよ」と言った。
ポッカリとガラスドアだけ画用紙の白色が残った絵を見つめながら、僕はほんとうに困った。生まれて初めて「途方に暮れた」。ガラスドアの向こうがぼんやり見えるけど、眼の焦点をずらすと、ガラスドアにはこちら側が映っているようにも見えた。
写生大会が時間切れになる直前、僕はガラスドアを灰色の絵の具で塗りつぶした。
野菜は色とりどりで綺麗なのに、ガラスドアの部分だけ綺麗じゃなくて、ものすごく後悔したことを覚えている。