塗り絵のこと

大人の塗り絵が人気らしい。

数少ない小学生の低学年の頃の記憶。
その日は図画工作の授業か、写生大会か何かで、みんなで近くの商店街に行って、それぞれ好きなお店の風景を絵の具で描いていた。

僕は通りから見た八百屋の風景を描くことに決めた。
店の前に並んだ野菜や、お店の看板や、八百屋で働く人を描いていたのだけれど、最後にガラスの自動ドアだけ、絵の具で色が塗れなかった。

ガラスドアを何色で塗ればいいのか分からなかったのだ。
透明の絵の具もなかった。

困り果てて先生に何色で塗ればいいのか聞くと、先生は「見えるままに塗ればいいのよ」と言った。

ポッカリとガラスドアだけ画用紙の白色が残った絵を見つめながら、僕はほんとうに困った。生まれて初めて「途方に暮れた」。ガラスドアの向こうがぼんやり見えるけど、眼の焦点をずらすと、ガラスドアにはこちら側が映っているようにも見えた。

写生大会が時間切れになる直前、僕はガラスドアを灰色の絵の具で塗りつぶした。
野菜は色とりどりで綺麗なのに、ガラスドアの部分だけ綺麗じゃなくて、ものすごく後悔したことを覚えている。

センター試験と100%のこと

駅から家に帰る途中に、大学受験の予備校がある。

通りからガラス扉の中を覗くと「センター試験まであとXX日」という「日めくり」が掲げられている。1階の入り口近くは自習スペースになっていて、机に向かっている生徒の姿が見える。生徒の後姿と日めくりの数字が小さくなっていくのをチラリと眺めて帰るのが日課になっていたのだけれど、とうとう、その日めくりが「あと1日」になった。

いつもは夜の9時を過ぎると、帰宅する生徒や車で迎えに来た親御さんで混雑するのだが、さすがに前日ともなると人影もまばらだ。
毎日、名前も知らない生徒たちの姿を見るのが楽しみだったので、少し寂しくなる。

生徒たちは、遠くから見ると一生懸命に勉強しているように見える(もしかしたら息抜きしていたかもしれないが)。でも、「とりあえず、今のところは100%受験勉強だけ頑張ろう」という顔をしている。
100%何かに集中している姿はかっこいい。スポーツの選手のような、研ぎ澄まされた雰囲気。100%がうらやましい。

大人になると、なにか一つのことに対して100%の力を注ぐことはあまりない。というか状況が許さない。仕事や家庭や、趣味や友達や、デートやPTAや、新年会の幹事やダイエットや、恋人探しや自分磨きや、いろんなことに100%しかない頑張りを振り分けないといけない。言い訳かもしれないけれど。

いま、本当に好きな1つのことだけを100%頑張るなら、代わりに何を捨てようか?