マキロンと知らないこと

雨が止んだ夕方、衆議院選の投票をした帰り道。 道端に小さな女の子が座っていた。 自宅の前で遊んでいたら、転んで足を擦りむいたのだろう。 傍らに彼女のお母さんが、「マキロン」を片手に座っていた。

母親は、「しみる?」と訊きながら、マキロンをつけていた。 女の子は、不思議そうな目をして、マキロンがつけられる患部を凝視して、「なんか痛い」と言った。

突然、側に座っていたお兄ちゃんらしき男の子が、「しみる〜!」と叫んで立ち上がって、「見ていられない」と言う感じで、くるりと周った。 もう一度「しみる〜!」と言った。 それを見て女の子も、「しみる〜!」と大声で言った。

僕はその光景を見ながら、横を通りすぎた。

あの女の子は、もしかしたら、「しみる」という言葉の意味を、まだ知らなかったのかもしれない。 彼女の周りには、まだ知らないことがいっぱいあって、それを彼女は一つずつ覚えて行くのだろう。 そういうのって、なんだか綺麗だな。と思った。

playback  いちょう、ひらり。 2000.06.25

にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ


電話と親不孝

二晩続けて、母親が死ぬ夢を見た。

夢の中で彼女は、どうやら大腸ガンだったらしいのだが、告知されないまま死んでしまった。 僕はなぜか「大リーガー養成ギプス」を着けて、彼女の最期を看取っていた。 なんだか不安になったので、久しぶりに母親に電話をしてみた。 彼女はこの前に会った時と同じように元気そうだった。 さすがに、「お母さんが死ぬ夢を立て続けに見たから」とは言えずに、「最近お腹が痛くなったりしない?」と、僕は遠まわしに尋ねてみたのだが、別になんとも無いようだった。

それよりも、唐突に電話をかけてきた息子に対して、「何か辛いことでもあったのではないかしら?」と心配している様子だった。 普段は連絡を取っていないので、たまに電話をすると、これだからいけない。 仕事のことや、朝の食事のことなど、根掘り葉掘り尋ねられた。

なんだか話が長くなりそうになったので、話題を家族の近況に代えてみた。 ホストをしている弟は、最近あまり家に帰っていないらしい。 でも母親はあまり気にしていないようだった。 まぁ、もう23歳になるのだから、彼も色々あるのだろう。

「お盆の頃には帰るから」と約束して電話を切ったのだが、話の途中から早く電話を切りたくてしょうがなかった。 親と電話をしているといつも、自分が親不孝に思えてしょうがないのだ。 普段親のことなど100%忘れて生活しているからだろう。 まあ、それでも、みんな元気そうで何よりだった。

playback  いちょう、ひらり。 2000.06.23

にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ