小事故

浅草橋で外壁クリーニングの仕事をしていました。 ロープにぶら下がって懸命に壁を磨いていたら、隣の同僚たちが何やら興奮した様子で地上を見ていました。 見ると、少し離れた交差点で、乗用車がなぜか横倒しになっていました。 野次馬がどんどん増えていって、パトカーが来て、救急車が来ました。

一体どうやったら乗用車が横倒しになるのかは分かりませんが、とにかくその黒いワゴン車は一人ぼっちで横倒しになっていました。 低く鳴り続けるクラクションが、「いかにも」という感じでした。 施工記録用のカメラを持って事故現場に駆けつけた同僚(29歳)によると、運転手らしき若者は、たいした怪我もなくて、ただオロオロしていたそうです。

全くこの世の中は、「なんでもあり」なんだなと、つくづく思いました。 一瞬先は闇というか、よくもまぁ、僕もあなたも無事で生きているものです。 なにごともなく過ごしている僕もあなたも、周囲にはいろいろな可能性が満ちているのだけれど、今まではただ運が良かっただけなのかもしれない。

それにしても、誰も怪我をしなかったのはよかったのだけれど、僕は運転手が少し気の毒に思いました。もし僕がそんなド派手な事故を起こしたら、死なない程度に足の骨を折るくらいの怪我を負って、少しでも野次馬たちの哀れみを買いたいです。 もし無傷であっても、怪我をしたフリくらいはするかもしれません。 こんな僕を許してください。 人は誰でも主人公になりたがっているものではないでしょうか?

playback  いちょう、ひらり。 2000.10.14

風邪気味

仕事が一段落して、久しぶりに連休をもらった。 ここ一ヶ月ほど、ずっとビルの建設現場で仕事をしていて、真新しい床にワックスを塗ったり、外壁を洗ったりしたりしていたのだけれど、そのビルが先日やっと落成したのだ。

ゆっくり寝て、午後に起きて、オダユウジの出ているドラマの再放送を見て、何となく外に出かけようと思って、近所のドトールコーヒーに行った。 カポーティの『遠い声、遠い部屋』を持って。
でもいざ席に座って、タバコとコーヒーを片手に本を読もうとしても、なかなか集中できない。 5ページほど読んで、諦めて本を伏せた。
窓の外は、いつもどおりの夕方6時の風景。 買い物帰りの人々。 家路につく人々。 そして傘を差さなくても済むくらいの雨。
何だか、休みの日は、いつも雨が降っている気がする。 気にし過ぎだろうか?
ぼんやりと窓の外を眺めながら、今年の夏は短かったなぁと思う。 もう秋なのだ。 日常に流されてしまった自分を反省する。

温かいままのコーヒーを一口分残して席を立つ。 店を出ると、やっぱりまだ微かに雨が降っている。
灰色の空を見上げて、僕の額を中心に放射状に落ちてくる雨粒を見る。 黙々と歩く。

何かに、せかされているような気がする。

playback  いちょう、ひらり。 2000.10.04