新校舎

新しい学校に、休学延長を届けに行った。 僕が在籍している大学は、10月から府中に移転することになっているのだ。
中央線に揺られて30分、単線の私鉄に揺られて5分。 ホームに下りると、秋空にそびえる煉瓦色の校舎らしき建物が見えた。 そして何故か、節分豆の匂いがした。

駅を出ると小さな雑居ビルがあって、その2階に、以前の校舎の近くにあった古本屋が引っ越してきていた。 2月頃、店主から直接、「まだ(学校と一緒に本屋も移転するか)どうするか決めていない」と聞いていたので、その割には、あまりにも立地が良過ぎることに驚く。 そして何となく嬉しく思う。

あの煉瓦の建物がおそらく新校舎なのだろう、と思いつつも、第一勧銀の前に自転車を停めようとしていたおばさんに、校舎への道筋を尋ねてみる。 ところが彼女は学校の名前を告げても困った顔をして、地図を見せると、首をかしげて覗き込んでいた。 思ったより認知度は低いらしい。 10月になって、急に自分の住む町が若者だらけになったら、たいそう驚くに違いない。 そして僕はちょっと申し訳無くも思う。

結局、見当をつけていた建物がやはり新しい校舎だった。 敷地に入ると、煉瓦の小道が続いていて、その横にはコスモス畑が広がっている。 建物の中以外は市民に開放されているので、犬を連れたおばあさんと擦れ違う。 いろいろなものが全て新しくて、何だかくすぐったいような違和感を覚える。 小道は円形の中央広場に繋がっていて、その広場を囲んで四つの建物が建っている。 案内板を見て教務課を探す。

窓口から教務課のカウンターの中を見ると、働く人の顔も机の配置も以前のままで、当たり前なのだけれど少し驚いてしまった。 でも考えてみれば当たり前のことだ。 でもやっぱり何か変だ。
気を取り直して、窓口に立っている僕の存在に気づかないで自分の仕事をしている教務課の人に声をかける。 「新しい校舎になって、いつも意地悪だった(?)教務課が、親切になっていた」という噂を耳にしていたのだが、やはり変わっていないようだ。 そりゃそうだ。
話を聞くと、休学届を提出する締め切りは、休学開始の一ヶ月前だそうだ。 怒ったような顔でそう伝えられた。 今からでは全然間に合わないではないか。 僕は、「ああ、そうでしたか。」と言ってあっさり引き返そうとした。 まぁいいや、じゃあ後期に卒業しよう。 すると、呼び止められて、今ならぎりぎり間に合うから、とりあえずここに名前を書いてください。と言われた。 予想していたことだが、僕の学校の教務課は融通が利くのだ。 申し訳無いような顔をしながら書類に記入する。 ゼミの先生の名前と印がいるのだが、それも後回しにしてくれる。 「どうしても捕まらないようだったら、こちらから連絡するから」とまで言ってくれる。 休学届なんてそんなもんだよな。と思う。

せっかくだから、図書館を覗いてみる。 ヒノキ造りの玄関のドアを開けると、吹き抜けのホールが広がっている。 ガラスの多さに驚く。 この図書館のガラスを掃除してみたいものだと思う。 でも置いてある本はもちろん、以前の図書館と同じものだ。 これも当たり前のことだ。 でも何だか不思議だ。そうでもないか。

そんなこんなで、帰る頃にはもう日が暮れかけている。 涼しいというよりも冷たい風が、僕の体を包んでは吹き抜けていく。 秋の夜の匂いがする。 この町に住んでみたいと思った。

playback  いちょう、ひらり。 2000.09.27