夕立ち

始めぱらぱらと降り始めた雨は、やがてドシャバシャと、本格的な夕立に変わった。
連日の真夏のような気候に油断して傘を持っていなかった人々が、一斉に小走りで商店街を駆け出し始める。 雨足は次第に強くなり、周囲の景色が白く煙り始めた。

小さな折り畳み傘では雨を防ぎきることが出来ず、僕は大勢の人に混じって、シャッターを下ろした商店の軒先に逃げ込んだ。
僕の隣で、大して不満でもなさそうに、突然の夕立に文句を言う二人組のおばあさん。 ハンカチで服を拭くスーツ姿の女性。 自転車に乗ったまま空を見上げる少女。

僕はとりあえず煙草に火をつけて、雨の様子をうかがった。 ついさっきまで賑わっていた商店街も、途端に人通りが絶えた。 無人の商店街を快適そうに車が走り抜ける。
ぼおっと周囲を見ていると、傘を持っていない人が多い中で、濃い化粧をした女性は必ず傘を持っていることに気付く。 なるほど、と思う。

雨はしばらく止みそうにもないので、10メートルほど先のスーパーに走り込む。 野菜売り場のひんやりとした空気が、濡れた体に染み込む。 鮮魚コーナーで、刺身を見る。 迷った末に、生カツオにする。 ビールも買う。

店を出ても、雨は相変わらずで、僕は紙袋に入った本が濡れないように注意しながら家路に着く。 雨が坂を川のように流れる。 絵に描いたような、典型的で圧倒的で妥協の無い夕立の中を歩いて、少し嬉しくなる。 今日は、一年に一度の、「夕立激しく暴れ狂い放題の日」なのだ。

そんな、7月の最初の日曜日。

playback  いちょう、ひらり。 2000.07.02

エスカレータと無防備

仕事に行く途中、永田町の駅で乗り換えた。 永田町駅は地中深くにある。 国会議事堂の地下には核シェルターがあるという都市伝説を思い出す。 真偽の程は分からないが、南北線は永田町を通る地下鉄の路線の中でも、一番深くを走っている。 というわけで、僕は今朝も、僕の人生で出会った中で、一番長いエスカレーターに乗っていた。

エスカレーターの頂上を見て昇っていると、赤ん坊を抱えたお母さんが、隣のエスカレーターで降りてきた。 その後ろにはOL風の女性が立っていて、お母さんの肩越しに、赤ん坊の顔を見つめていた。 そしてその女性は、赤ん坊に対して、微妙(?)な微笑を見せた。 舌を出して、眉毛を上げて見せた。

それは、とても微妙な表情だった。 彼女は赤ちゃんのご機嫌が取りたくて、そんな表情を作ったのだろう。 僕もよく同じようなことをする。 でもその表情は、なんと言うか、「ぎりぎり」だった。 いや、ぎりぎりを微かに超えていたかもしれない。

僕はお昼ご飯を食べた後、久々の青空を見ながら寝転んでいたら、その、「ぎりぎりの笑顔」をふと思い出してしまった。

赤ちゃんはすごい。 大人を無防備にさせる何かがある。 これからは気を付けよう。と思った。

playback  いちょう、ひらり。 2000.06.27