近所に新しく屋台のラーメン屋ができていた。
「新品の屋台」という感じの店構えが、いかにも不味そうな雰囲気を醸し出していたので、立ち寄ろうとは思わなかったのだが、ふと店主の顔を見てみると、父親にそっくりだったので、純粋にびっくりした。
実の息子が言うのだから、本当にそっくりなのだ。 やや垂れ下がった眉毛や、髪の質・量・髪型、まぶたの少し余った感じ、頬の疲れ具合。 もしかしたら僕と血が繋がっているのかも知れない。と思わせるほど似ていた。
僕は来た道を5メートルほど引き返して屋台の前に立った。
醤油ラーメンを注文して、店主が作るのをじっと見ていたのだが、どこかいい加減で、雑な動きだった。 見るからにしてあまり美味そうではない。 しかも、ラーメンが出来上がって600円を受け取ると、セブンスターをくわえて、どこかに行ってしまった。
僕は少し気後れしながら無人の屋台でラーメンをすすった。 時折後ろを通り過ぎて行く人の視線が気になってしょうがなかった。 父親の顔に似ているからと信用した自分を恨んだ。
しかし、味は思ったほど悪くなかった。 正統派の(極普通の)ラーメンで、ダシは上品な(やや薄い)味がした。 謎の白い調味料がやたらめったら入っていないのが救いだった。 醤油トンコツ系の店に多い、あの舌がピリピリする味には、我慢できないのだ。
どこからか店主が帰ってきて、僕が食べるのを何となく見ながら暇な様子で立っていた。 僕が店は忙しいのか尋ねると、「まぁ、この場所はまだ日が浅いからねぇ」という返事が返って来た。 しかし常連の客は何人かいるらしく、僕がラーメンを食べている間にも、クラクションを鳴らして店主と視線を交わして行くドライバーがいた。 店主が言うには、そのドライバーはどこかの社長で、車が大好きらしく、家に何億もするレーシングカーがあるらしい。 ラーメン屋の店主はその人の家に誘われて実際に見た、と言っていた。
もしかしたら虚言癖があるのかもしれない。と思いながら聞いていたのだが、何となく憎めないオヤジだった。
結局、店主の名前も出身も血液型も訊けずに、僕はその店を後にした。 もうその屋台に立ち寄ることはないかもしれない。 そう思うと少し惜しい気もする。 やっぱりもう一度立ち寄って名前だけでも訊くかもしれない。 訊かないかもしれない。
playback いちょう、ひらり。 2000.07.06